人生の脚本は気軽に何度でも書き直していい

2月に入ってから、最新版の「未来脚本」を書きました。

未来脚本は、最高の未来を自分で決めるもの。

数年先の理想の未来を自由に描き、すでに経験したかのように書いていきます。

モザイクだらけですが。

初めて書いたのは、2021年に受講したMy Princess Life Design School(当時の名称はライフデザイン講座)の講義中でした。

以降、定期的に更新してきたのですが…

ここで白状しますと、今回の更新は、その前に書いたときからだいぶ空いてしまったんですよね。

未来脚本を更新できなかった理由

「ちゃんと書かなければならない」と思っていたから!

未だに完璧主義が顔を出すときがあるのです…

「ちゃんと書く」をさらに細かくすると、以下のようになります。

綺麗に書かなければならない

ノートや手帳は、そもそも「綺麗に書かない」と決めているので、間違いや修正だらけでも全然気になりません。

それが、未来脚本になった途端「いけないこと」のように感じてしまったのです。

「だって未来を決めるんだから!」と。

あと、私は文字を大量に書くとき(特にノート)、流れるように繋げる癖があります。

それも普段は何とも思わないのに、未来脚本だとなんだか許せなくなる!

たまたまSNSで、文字が整然と並んだノートが目に入り「こんな風に書いた方がいいのかな?」と思うことも。

何でも吐き出すノートの中身。

机に向かって書かなければならない

机に向かって美しい姿勢で書かないと、素敵な未来はやってこないと思っていました。

きっとそんなことはない。笑

だって誰も見ていないし、言わなきゃ分からんし。

寝転んで書いてもよくない?(例ですよ例)

リラックスして書いたら、むしろどんどん夢が広がっていくかもしれないのに。

最高の環境で書かなければならない

「できるだけ良い場所で書くことで、良いインスピレーションが湧いてくるはず!」

それって、自宅じゃダメってこと?

素敵なカフェとかホテルラウンジ?

もっといい場所がある??

いつ行くの???って考え出すとキリがない。

確かに環境からの影響は大きいし、それは今までも体感してきたことではある。

でも、100パーセント完璧に整うことはきっとない。

完璧を作り上げるまで先送りしていたら、いつまで経っても書き始められません。

以上、完璧主義の罠ばかり。

改めて理由を書き出して感じたのは「未来脚本を特別視しすぎていた」ということです。

崇高なものとして扱いすぎ。笑

もっと日常に溶け込んだ存在で良いのに。

(むしろそのほうがいいんだよ!)

「綺麗に書かなきゃ!」とかさ…本気出すのはそこじゃないのよ。

大切なのは「自分がワクワクできるかどうか」なのです。

未来脚本を書き直して分かったこと

新しい未来脚本は、15分くらいで一気に書き上げてしまいました。

先送りしていた意味が分からなくなるくらい早い…

心に浮かんでくることをどんどん書いていったら、ペンが止まらなくなったのです。

そしてなんと、2021年に書いた最初の未来脚本と内容がほぼ同じでした。

私のやりたいことは変わっていない。

(正確には、一度離れてまた戻った…とでも言えば良いだろうか)

「やっぱりそうなんだ」「私の道ってこれなんだ」と再確認できました。

当時と同じワクワクが未だにあるのも感動ポイント。

そしてね、未来脚本って何度でも書き直していいものなのです。

自分の成長とともに、理想はどんどん変わっていくもの。

そのときの自分に合わせて、この先、何度書き変えたっていいのです。

実際にどんなルートで叶っていくのかも、今の時点では全く分からないんだから。

理想の未来を決めるといっても…「この未来以外は絶対に許さない!」って狂気に満ちていたら怖くない?笑

ハードルを思い切り下げて、気軽に!気楽に!でOK。

未来を決めるのは軽やかで楽しいことです。

  • ブックマーク

この記事を書いた人