今回は、私の人生に深く刻まれた「事件」についてお話しします。
事件と言っても、誰かに迷惑をかけたわけではありません。
2019年、私は当時書いていたブログの記事約600本を、一気に全部削除したのです。
どうしてそんな極端なことをしたのか、そして、その裏にあった「自分らしい発信の本質」について深掘りしていきます。
「正解」を求めて、上手くいっている人の真似をした日々
当時はブログ(※このブログです)を始めて2年が経ったころでした。
SNSも全くやっていなかった私にとって、ブログは自分の考えを表に出す唯一の場であり、最初は書くことがとても楽しかったです。
しかし、私の周りには「すごい人たち」がたくさんいました。
ブログの広告収入だけで生活する人、出版する人、多くのファンを集めている人。
私はそんな「上手くいっている人の発信を真似するのが正解だ」と思い込み、色々な人の書き方を真似するようになりました。
最初は上手くなった気になっていましたが、次第に強い違和感が出てきました。
自分が書いているのに、自分が書いた記事だと思えないのです。
「ゴミ」のように思えてしまった自分の文章
間違いなく自分で手を動かして書いたはずなのに、それを見ても「本当に私が書いたものなのか」と疑ってしまう。
だんだんと、自分の書いた記事がゴミみたいに思えてきてしまったのです。
文章としては「売れそう」「人気が出そう」な書き方になっていたのかもしれませんが、そこには「私」がいませんでした。
そしてある日、書き溜めてきた約600本の記事を一気に削除しました。
ゴミ箱からも完全に削除する操作を、ためらいなく、無心で行いました。
「自分以外の人間にはなれない」
この事件からの最大の学びは「自分以外の人間にはなれない」ということです。
自分じゃないものになろうとしている時、言葉は出てこなくなります。
何を書いたとしてもしっくりこなくて、納得がいかないまま記事にする日々は、とても苦しいものでした。
誰かのことを「この人こそが正しい」と思っても、無意識の領域の自分は「そっちじゃないよ」と分かっているのです。
そして、アニメの主題歌にもありますが「正解は1つじゃない」のです。
出版するのも、稼ぐのも、それぞれがやりたいようにやっているひとつの正解。
当時上手くいっていた人たちを思い返すと、皆さん全然無理をしている感じがなく、そのままの自分、ありのままの姿で楽しそうに発信していました。
大事なのは、そこだったのだと気づきました。
プレッシャーから解放された、今の軽やかな発信スタイル
今は、ブログを削除した頃に比べると、とても軽く発信ができています。
「ちゃんとしなきゃ」というプレッシャーから解放され、リアルタイムに近い形でどんどん記事を公開できるようになりました。
ブログは私の原点です。
これからもこの場所を大切にしていきたいと思っています。
もし今、自分のことを伝えるのに悩んでいる方がいたら、この私の体験が少しでもヒントになれば嬉しいです。
この記事は、Podcastの配信内容をもとにNotebookLMで作成しました。