誰にも奪えないものを磨くときなんだろうな、と思うのだ。
思考や感情……「形のない自分」を言葉にする力が失われないように。
AIに抵抗はないけれど、積極的には使っていない。
まだ言葉にできていない感情を「こういうことですよね?」と、それっぽくまとめて先に出してくる。
その出してきた答えに「同意」する。
こういうのが私にとってはよろしくないのだ。
求めていることではない。
感情を分かったつもりになってしまうのが怖い。
同じ理由で、壁打ちにも手書きのノートが必要だと思っている。
5月に始めたポッドキャストを非公開にしている(形を変えて再開するつもり)。
当時は概要欄をAIに書かせていた。
それをそのまま、書き起こしとともにブログにも載せていたのだが、そちらも消してしまった。
私の言葉ではなくなっている。
違和感に耐えられなくなり「このブログに置いておきたくない」と思ったのだ。
正解・不正解や、ウケるかどうかではなく、自分を出せているか?
第一段階で、これをクリアしないと先に進めない。
日本語としての正しさや美しさよりも(多少は気にするけれど)、自分の感情を「正確」に表現することのほうが、私にとっては大切なのかもしれない。
今はブログを書く習慣を取り戻している段階。
慣れてきたが、まだ少しだけ頑張っている感がある(慣れるまでは仕方ない)。
筋肉と同じく、使わないと衰える=書かないと書く力が衰えるのだ。
「AIには出せない答え」を出す力を失ってはならない……!

