10年ぶりの、浴槽に浸かるという習慣

実家にいたころは「風呂に入る=浴槽に浸かること」であり、当たり前のことであった。

しかし、大学入学頃からシャワーだけで済ませるようになってしまった。

最近、その悪習を断とうとしている。

長かった「湯船に浸かれない時期」

私は人と一緒に風呂に入ることができない。

病気だとか、身体に傷があるとか(あるけど)、そういった理由ではない。言葉にし難い抵抗感があるのだ。

そのため旅先であっても大浴場は無理。部屋風呂か貸し切りでないと入れない。修学旅行は地獄であった。

数年前に道後へ行ったときも、いちばんのウリである道後温泉には目もくれず、泊まったホテルの温泉(薔薇風呂)にも心惹かれず、大人しく部屋の風呂に入っていたくらいなのだ。

大学1~2年の間は学生寮に入っていた。私の入っていたところは、大浴場とシャワー室があり、個人の都合で好きなように使うことができた。

当然、私はシャワーしか使わなかった。どんなに疲れていようとも、そこだけは決して曲げなかった。

3年生になり、ひとり暮らしを始めてからも、それまでの習慣のせいか、基本的にシャワーのみで済ませていた。

ひとりなんだから入ればいいじゃないかという感じだが、今度はお湯をためている時間が勿体ないと思うようになったのだ。

ひとり暮らしだと、家賃的な意味でも、お湯が沸いたら教えてくれるような、親切な機能はついていない。ずっと風呂場を気にしているのは面倒である。

風呂が嫌い、というと聞こえが悪いが、湯船に浸かるのが面倒なだけで、毎日身体は綺麗にしている。だから別にいいだろう。

そして、そんな状態を10年も続けてしまった。

考えが変わった理由

やはり疲れが取れないというのが大きい。

加えて、身の回りの状況が良い方に変わっていかないことも理由のひとつである、

問題の根本は?もしかしたら生活習慣にあるのでは?

それならば生活を変えてみてはどうだろうか。

今まで適当に扱っていたものを、丁寧に扱ってみる。私の場合は生活習慣、もっと言うと「自分の身体」であった。

自分の身体を適当に扱うとは。文字にしてみると、その恐ろしさがよく分かる。

以下、浴槽になるべく浸かろうと決めてから、手帳につけていた記録である。すぐに飽きてしまい5日分しか書いていないが、振り返るのにはこれくらいでもいいだろう。カッコ内は入浴剤。

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9/18(白樺)
身体がずっとぽかぽかしている。慣れない感覚。ふらつくほど。しばらく横になる。

9/19(オレンジ)
昨日よりは慣れてきた。冷める感じはない。ルルルンの美容液(余り)を全身に塗って保湿をはかる。

9/20
帰宅が遅くなりシャワーのみ。0時過ぎた日はシャワーでもいいかも。

9/21(草津)
香りがなくて残念である。色は緑だった。

9/22
元気がないのでシャワーのみ。

*****

元気がないときこそ浸かろうよ!って感じだが、そんな気力もなかったのだろう。

早くも感想が雑になってきているが、「湯に浸かる」という行為がそれだけスムーズに当たり前となったのだ、と捉えればよいだろう。

さいごに

生活が激変したか、というとそんなことはない。それでも、身体がずっと温かかったり、「風呂場でリラックスする」という今までになかった感覚を得られたのはよかったと思う。

これからも、毎日でなくてもいいので続けていく。毎日絶対!と決めてしまうと辛くなるので、都合に合わせて。

あと、習慣になってきて分かったのだが、浴槽にお湯をためるのはものの数分で終わる。それくらい待つ余裕を持とうよ(笑)

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末光咲織

末光咲織

東京都在住/夜型勤務の会社員/好きなもの:エレクトーン、ミュージカル、街歩き/気になっているもの:日本の歴史、和食、東京の東側