虎ノ門から東京タワーまで歩いた夜

週休一日の会社に勤めていたころ、日曜日はたいへん貴重なものだった。

新卒1年目は、6日間の労働で疲れ切ってしまい、日曜日はひたすら寝続け、気づいたら夜になっている、というのがお決まりだった。仕事がほぼ夜型だったので、休日だからといって早く起きられるわけもなかった。

今週も何もできなかった……と後悔はするものの、「動いたらむしろ翌日以降を疲労で苦しむ」という恐れもあったので、「何もしない」という選択はある意味正しかったといえる。

そんな生活を2年間続け、3年目くらいからは、その唯一の休みに習い事を入れたり、NGOの活動で都内~横浜あたりまで動き回ったりもするようになった。月曜日も多少の疲れは残るが、それをうまく自分の中でコントロールできるようになっていた。

そのうち娯楽だけでなく、学びの予定も日曜日に入れるようになった。某セミナーの東京日程のチケットが取れず、日帰りで名古屋会場まで受講しに行ったのが最初である。新幹線は思い切ってグリーン車を取った。

休日にも関わらず、「出張ってこんな感じなのかな」と、全国を飛び回る(?)サラリーマンにでもなったかのような気分に浸っていた。出張のない仕事をしていたので、あくまでも想像の範疇である。

6日間は会社に行き、さらに休日にまで勉強する。休みたいのはやまやまだが、日曜日しか時間がないのだから仕方ない。むしろ主催者の方、日曜日に開催してくれてありがとう!くらいの気持ちでいたのだった。

2017年の夏ごろからは、ある連続講座を虎ノ門で受講していた。日曜日の午後、毎月虎ノ門に通うのが楽しみになっていた。

講座の最初には、受講生が近況報告する場が用意されている。前回の講座を受けて、1か月間どのように活動してきたのかを、みんなの前で話すのだ。

全4回のうちの、ちょうど3回目だったと思う。この近況報告の場で、他の受講生が圧倒的に進歩している中、「自分は何ひとつ変わっていない」という現実を突きつけられてショックを受けてしまったのだ。

頭をがーんと殴られる感覚。講座中も、もちろん集中はしていたけれど、なんだか落ち着かないままであった。

講座が終わってからも、すぐには帰りたくない気分だった。会場を出て歩きながら、ふと目をやると、ライトアップされた東京タワーが見えた。

せっかくだ、ここから東京タワーまで歩いてやろう。

ちょうど18:00過ぎだったと思う。明日の仕事は午後から。ちょっと帰りが遅くなっても、歩き疲れても大丈夫。休む時間はちゃんとある。

西新橋一丁目~二丁目西交差点。東京タワーを正面に見ながら進んでいく。道路の反対側には虎ノ門ヒルズ。ちょうど隣で工事をしており、白い壁で囲われた中にクレーン車が何台も止まっていた。日曜日で工事は休みだったが、いくつも伸びるクレーンがまるで生き物みたいに見えた。

初めて間近で見る虎ノ門ヒルズは、非常に立派なタワーであった。見覚えのある「M」のマーク。そういえば六本木ヒルズと同じ、森ビルが開発・運営しているのだ(ということは後になってから調べたのだ)。

タワー部分はほとんど電気がついていなかったけれど、下のテナント部分は煌々と輝いていた。「虫は光に集まってくる」というが、逆に強すぎて虫も寄せつけないんじゃないか、と思えるような明るさだった。まぶしかった。虎ノ門のセレブには敵わないようだ。いつかこんなところで買い物してみたいものである。

虎ノ門ヒルズを通り過ぎ、大きな交差点を渡って、頭しか見えていない東京タワーを目指して進んでいく。

さすがビジネス街、人通りも車の通りも少ない。オフィスなのだろうか、電気が付いていない建物も多い。お休みの店もある。人がまったくいないわけではないけれど、街は静かで綺麗だった。雑多なものが一切ない感じ。

ずっとずっと、真っ直ぐ歩いていく。道に迷う理由なんてないくらい、ひたすらに真っ直ぐなのだ。慣れない場所だが、地図を見ることなんてせず、感覚を頼りに歩き続ける。

愛宕神社のあたりだろうか。突然、右手側の奥のほうにトンネルが出現した。大都会東京にまったく似つかわしくないものである。高速道路で見るようなそれではなく、小さくて綺麗なものだった。トンネルの中は明るく、車が一台止まっているのが見えた。

珍しい光景だとは思ったが、どうしても近くまで行く気にはなれなかった。今いる場所から右手に30メートルほど歩かなければならない。疲れが出始めていたので、できるだけ無駄な動きをしたくなかったのだ。

トンネルも通り過ぎ、愛宕グリーンヒルズあたりまで来た。このあたりには「ヒルズ」が多い。あとで調べたら、こちらも森ビルが管理しているようだった。すごいな、港区のあたりはすべて森ビルの管轄なんじゃないかとさえ思えてくる。

いつの間にか、東京タワーは視界から消えていた。真っ直ぐ歩くだけでは辿り着けないようだ。やっと地図を見る。歩道橋を渡り右へ行かなければ。

20分以上は歩き続けたと思う。足も疲れてきたので、歩道橋の上でちょっとだけ立ち止まる。なんとなく写真を撮ってみた。遠くのほうにはいくつも高層ビルが見える。方角的には田町・三田。

18:25ごろ。あたりはすっかり暗くなっていたが、真っ暗というよりは深い青色であった。

高層ビルもほとんど明かりが点いていないせいか、全体像ははっきりと見えず、上のほうの階だけが浮き上がるように光っていた。あとはてっぺんの赤いライト(航空障害灯)が見えるのみ。街灯で照らされた目の前の交差点も、2~3台の車とバイクくらいしか通っていない。哀愁すら感じられた。

芝公園三丁目あたり。歩道橋を降りると、東京タワーが大きく、どーんと見えた。いつの間にか目と鼻の先まで来ていたようだ。方角も合っているようだし、ちょっと安心。

しかし、この先がまあ長かった。

あんなに近くに見えた東京タワー。歩いても歩いても辿り着けない。明かりの点いていない店ばかりが並ぶ大通りを、ひたすら前へ前へと進み続ける。ビジネス街だということを抜きにしても、ほんの20分前に通った虎ノ門とは比べ物にならないくらい、明かりが少ない。人通りも少ない。もちろん車の通りもまばらである。

同じような景色ばかり見続けるのにも飽きてきた。歩くのは好きだが、さすがにしんどい。足も痛いし。この道は一体どこまで続くのか。

歩き続けて40分くらい経ったころだと思う。左手側、ビルとビルの間に見える東京タワー。嬉しくなって写真を撮る。本当のゴールはまだ先のようだが、終わりが見えてきたことで安心感も増す。

そこから5分くらい歩いたところで、やっと東京タワーの麓に出た。ついに終わったのだ、長い散歩が。瑠璃光寺の前には何組か先客がいたので、人がいる中での写真撮影に慣れていない私は、遠くから控えめにシャッターを切った。嬉しかった。

写真撮影とほんの少しの休憩を挟み、45分かけて東京タワーまで辿り着くことができた。長いような短いような45分間であった。講座中に感じたモヤモヤは、ここまで来る間にどこかへ飛んで行ってしまったようだった。

「人生変えるなんてさ、なかなかうまくいかないもんだよ」

今なら「そんなことないよ」と言えるような気がする。みんなと比べる必要なんてなく、私は私のペースでいいのだ。ゆっくりだって、立ち止まったっていいのだ。

この45分間で、すべてを肯定する大きな「器」を手に入れたようだった。今なら何だってできる気がする。ここから、いくらでも変われるような気がする。

さて、明日は月曜日。

現実を見たくない私は、大門から大江戸線に乗ればいいものを、わざわざ赤羽橋まで歩いたのであった。ほんの少しの抵抗である。赤羽橋周辺は、東京タワー帰りの若者グループで賑わっていた。「明日学校行きたくないなー」なんて、隣で言わないでほしかった。

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末光咲織

末光咲織

東京都在住/夜型勤務の会社員/好きなもの:エレクトーン、ミュージカル、街歩き/気になっているもの:日本の歴史、和食、東京の東側