人生でいちばん甘いみかん

4年前、一泊二日の一人旅で松山へ行った。

当時は週休一日、ほぼ夜型の生活。普段お休みが少ない分、年に数回大型連休があったので、そこに合わせて旅行の予定を立てたのだ。9月の終わりごろだった。

行先を松山に決めたのは、ただのフィーリングである。大好きな「水曜どうでしょう」四国編の影響で、四国に対するプラスイメージがあったのは確かだが。

道後温泉「道後の町屋」のみかん

松山では、道後温泉本館近くのホテルに泊まることになっていた。9:00過ぎに松山空港に着いてから、そのままバスで松山市駅まで。空港の目の前に駅がないという初めてのシチュエーションにワクワクしながら、バスの中では昼食をどうしようかと考えていた。

酔う可能性が高いので、飛行機に乗る前は食事をとらない。そのため朝食も食べず、7:25羽田発の便で松山まで移動したのだ。さらにその日は、寝坊して自宅から最寄駅まで全力疾走しており、飛行機に乗る前からフラフラだった。疲れはともかく、お腹が空いて仕方ない。

松山市駅からは、路面電車で道後温泉駅まで向かう。たまたま噂の「坊ちゃん列車」に乗ることができた。実は「坊ちゃん」は冒頭部分しか知らない。テンションは上がりつつも、なんだか申し訳ない気持ちになっていたのは内緒である。

道後温泉駅に着いたのは、ちょうどお昼ごろだった。街並みがとても綺麗で、空の青さも相まって気分がいい。しかし観光の前に、まずはごはんを食べたい。

観光ガイドを買って予習するわりには、その知識を現地でほとんど使わないのが私である。結局、そのときに気になったものを見て、美味しそうだと思ったものを食べるのがいちばんいいのだ。「行き当たりばったり」を楽しむスタイル、とでも言っておけば聞こえがいい。

道後温泉駅の目の前には、ハイカラ通りというアーケード街がある。ここならば何かあるだろうと、足を踏み入れてすぐ、お洒落な看板が目に入った。

「道後の町屋」。大正時代の町屋を改装したカフェである。カフェなので、メインはケーキやサンドイッチ。お腹が空いているのにパンでいいの?と自分に問いかけつつも、店を探して彷徨うのもなんだかなあ……ということで、ここに決めた。

ランチメニューにはサラダと飲み物がついており、ワンプレートで提供される。迷わず「じゃこ天バーガー」を注文。愛媛はじゃこ天も有名だと、観光ガイドに書いてあったのだ。ここで初めて事前学習の成果を発揮した。

プレートの端には、半分に切ったみかんも添えてあった。はっきりとは覚えていないが、もともと小さいサイズのみかんで、卓球ボールを少し大きくしたくらいだったと思う。それをさらに半分に切っているので、本当にちょっとしたデザートという程度。つややかなオレンジ色の果肉が、店内の照明を受けてキラキラと輝いていた。

このみかんがとんでもなく甘かったのだ。

みかんほど慣れ親しんだ果物はない。実家に住んでいたころは、冬になると常に台所に置いてあり、イヤになるほど食べてきた。学生時代も給食でよく出たし。母の作ってくれたお弁当に、半分に切ったみかんが入っていたこともあるし。

でも違うのだ。私が今まで食べてきたみかんとは、明らかに別物なのである。

小さい果肉に甘さがぎゅっと詰まっている、酸味は一切なく、ただひたすらに甘い。そして濃い。みかんのいいところをすべて詰め込むと、きっとこういう味になるのだろう。まさに「甘さの爆弾」であった。

愛媛県はとんでもないモノを持っている……!

さすが、みかんの名産地というだけのことはある。じゃこ天バーガーも美味しかったが、みかんの衝撃のおかげで味を忘れてしまった。松山に来て早々に爆弾投下された私は、驚きと感動に包まれたまま「道後の町屋」をあとにしたのだった。

そして「道後の町屋」以降、松山で皮付きのみかん(丸々一個のもの)を食べることはなかった。それでもみかん関連のエピソードはいくつかあるので、雑なまとめ方になってしまったが書き残しておく。

うどん屋の店主を思いながら食べたジェラート

一日目の夜は、道後温泉本館にある個人経営のお店に入り、鍋焼きうどんを食べた。

「お店に入り」と書いたが、正しくは「入ってしまった」、もしくは「入れてもらった」である。休憩中ということに気づかずドアを開けてしまった私を、若い女性店主は「もうすぐ開店するのでどうぞ!」と入れてくれたのだ。

「女ひとりで東京から来た」と言うと、大抵の人は突っ込んでくれる。この店主もそうだった。客が私ひとりだったこともあり、鍋焼きうどんを食べながら(正確には作ってもらっているときから)いろんな話をした。店主自身のことも聞いた。

「私、生まれてから一度も愛媛を出たことがないんです。」と言う店主。

「友達が原宿にお店を出すことになったんです。私も見に行くことになっていて、今度初めて東京に行くんですよ!」

嬉しそうに話してくれた。こんなエピソードが出てくるとは思わなかったし、行先が東京というのも偶然で驚いた。

うどん屋をあとにしてから無性に甘いものが欲しくなってしまい、道後温泉本館の目の前にあるジェラート屋に入った。夜なのに、だれもいないテラス席で、ひとりみかんジェラートを食べながら、先ほどの店主のことを思い出す。

あの人にはまた会いに行きたい。東京に行って何を目にするのだろうか。やっぱり愛媛のほうがいい、なんて思ったりするのだろうか。たくさん話したので続きが気になってしまう。

また松山に来たら、もう一度あのうどん屋に行こうと決めたのだった。

実家に送った「せとか」のジュース

松山市内は、どこの店にもみかん関連のものが置いてある。みかんジュースも、「温州」「せとか」「清美」など、ほぼ全種類を網羅しているのではないか?と思えるほどたくさん並んでいた。

自分へのお土産もそこそこに、2,000円くらいする「せとか」のジュースと「一六タルト」を買って、北関東の実家へ送った。「せとか」を選んだのは、名前がかわいいと思ったからである。こんなにかわいい名前なら、味も美味しいに違いないだろう、と。

後日、母から電話がかかってきた。「お土産届いたよ。みかんジュース、お父さんが気に入っちゃって、もう2杯も飲んでる。」

喜んでもらえたようで何よりである。送料を含めたらとんでもない金額になってしまったのだが、その後悔もどこかへ吹き飛んでいった。

内子「まちの駅Nanze」のかき氷

二日目は、朝からJR松山駅から特急宇和海に乗り、内子まで行ってきた。江戸から大正にかけて和紙や木蝋の生産地として栄えていたそうで、古い町並みをを見ながら歩いてみたかったのだ。

しばらく散策したあと、「まちの駅Nanze」で休憩することにした。工芸品を扱うショップとカフェが併設されており、かき氷が有名とのこと。スーパーで売っているようなシロップではなく、旬のフルーツを使ったジャムのような濃厚なソースがかかっているのだ。

9月の終わりとはいっても、その日は決して暑くはなかった。それなのに「みかん味があるから」という理由でかき氷を注文。果肉がたくさん入っていて美味しかったが、冷たくて凍えそうだった。

外に出たとき、太陽の光がやけに暖かく感じたことは忘れない。

終わりに

以上が私の松山旅行のほぼすべてである。

「愛媛といえばみかん」なのだから、今となっては、もっと本場のみかんを食べておくべきだったと思う。でも、当時はそれができなかったのだ。

他の場所で食べたところで、きっと「道後の町屋」のみかんには及ばない。今後、あのみかんを超えるみかんには、一生かかっても巡り合える気がしない。

次に食べたみかんが仮にハズレだったとしたら(愛媛だからそんなことはないと思うけれど)、あのみかんの思い出が上書きされてしまう。

「美しい思い出を美しいまま残しておきたい」と思った結果なのだ。

私の中には、今でも「道後の町屋」のみかんの記憶が鮮明に残っている。次に行ったときも、あの猛烈に甘く濃厚な果汁で私を魅了してくれるだろうか。

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末光咲織

末光咲織

東京都在住/夜型勤務の会社員/好きなもの:エレクトーン、ミュージカル、街歩き/気になっているもの:日本の歴史、和食、東京の東側