同級生の言葉の呪い

関東地方に生まれ育ち、幼稚園の年長のときに山口県に引っ越した。

単身赴任していた父を追いかけるような形で、家族みんなで山口での生活が始まったのだった。

2年半くらい過ごしたあと、またまた父の転勤により、小2の2学期に再び関東の元居た家に戻ってきた。

引っ越しがなければ、1年生から入学するはずだった小学校。地元に戻ってきただけなのに、ずっと転校生扱いされていた。

クラスメイトに言われたこと

あるとき、生活科の授業で1・2年生が合同でイベントをすることになった。転校してからすぐのことだったと思う。

その中で、2年生が1年生のために絵を描く(招待状を作っていたのかも?)機会があった。

みんなで絵を描いているとき、近くにいたクラスメイトの女の子が、私の絵を見て言った。

「上手に描いたら捨てられちゃうんだよ」

だからもっと下手に描け、ということだった。

この言葉ははっきりと覚えている。

言われた瞬間は「そんなわけないよ!」と思った。上手な絵をもらったら嬉しいはずだし、人にあげるものはきれいに描きたいから。

でも言えなかったのだった。

相手はクラスのリーダー格。こちらは転校してきたばかり。

リーダー格といっても、決して悪い子ではない。むしろ、入ったばかりで分からないことだらけの私を、いちばん気遣ってくれていた子なのだ。

だからこそ、逆らって嫌われでもしたら、今後やっていけるか分からない。そう思ったら余計に言えなかった。

きっと羨ましかっただけだ

当時から20年も経つけれど、この言葉のインパクトはすごくて、ずっと頭の片隅に残っている。

小さいころから美術系は得意で、幼稚園ではいつも絵を描くか、工作をしていた。山口の学校に通っていたときも、図工の時間はいつも褒められていた。

それなのに、環境が変わった途端にこれだ。当時8歳、受けたショックは大きかった。

「上手に描いたら捨てられる」なんて、よく考えたら意味不明な理論である。

今思えば、その子は私が羨ましかっただけなのだと思う。羨ましいという気持ちが、この謎のセリフとなって私にぶつけられたのだろう。

そして、それに対して何も言い返せなかった私。本当は怒っていたし、悲しかった。でも抑えた。親にも話せなかった。

その後

絵や工作ではたくさん賞を取り、何度も大きな展覧会に出してもらった。いいものを作るためには必死で頑張る。でも、褒められたら全力で「そんなことないです!」と言う癖がついてしまった。

上手に描いたら捨てられる→目立ったら嫌われる。こんな風に変換されていったのかもしれない。褒められても嬉しい顔ができなくなっていった。

こういった出来事も、「力を持ってはいけない」ビリーフの元になっているのだろうか。心についての学びを経て、ふと考えたのであった。

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末光咲織

末光咲織

東京都在住の20代★会社員/ブロガー/エレクトーン弾き(歴14年)★エニアグラム5w4(探求型×アーティスト志向)★SF:内省/最上志向/未来志向/慎重さ/目標志向★人生の主導権を取り戻すべく活動中!