TLI第2講より:My Belief ~「私はつまらない人間」から コア・ビリーフへ辿り着く

TLI第2講初日のラスト、公開セッションを受ける機会をいただいた。

「自分のビリーフが何なのか、探ってみたい人」と言われ、迷わず手を挙げたのだ。

第1講の記事でも「次回は手を挙げます」と書いていた)

今回のテーマは「ビリーフ」で、講義の中ではビリーフチェックシート(自分のビリーフが何なのか、質問に答えて点数化する)にも回答した。

そこで最高得点(19/20点)を叩き出した「無価値ビリーフ」について掘り下げていくことに。

無価値ビリーフというのは、まさに言葉の通りで「自分には存在価値がない(という感覚)」というもの。

実は、高得点が出たことに対して驚きはなかった。心当たりがあるのだ。

でも、何を「無価値」と感じているのか、そこまではっきりとは分からない。

あやさんとやり取りしながら、自分が無価値であると思う理由をどんどん挙げていく。

・私はつまらない人間(エニアグラム「タイプ5」ビリーフ)
・私と一緒にいても楽しくないだろうな、と思う
・周りの人に楽しさや心地よさを提供できない
・会話が苦手、うまく話せない
・人と楽しく関われない

思い当たるものをいろいろ出してみたけれど、どうやらこれではなさそうな・・・

「まだまだ下(根っこ)がある」ということで、もっともっと掘り下げていく。掘り下げて掘り下げて、最終的に辿り着いたのは、

「そのままの私は魅力がなく、愛されない」というコア・ビリーフ(自己定義)

文字にするとなかなか衝撃的だけど、あーー!!これだーーーー!!!って思えた。

自分ではうまく言語化できなかったけれど、要はこういうことなのだ。

「これ、このまま掘り下げても大丈夫?」と聞かれ、「もちろんです!」と答えた。

自覚もあるので躊躇いはない。

私は可愛くない

ビリーフの話になると、必ず親との関係が出てくる。

親との関係・・・決して悪くはないと思うのだが・・・

母親の姿を思い浮かべると、「台所に立って洗い物をしている背中」「アイロンがけをしている姿」が浮かぶ。

家事をしている様子ばかりで、怒ったり怒鳴ったりしている姿は思い浮かばない(ちょっと意外だった)。

母は真面目で、やるべきことをきっちりやるタイプ。いつも忙しそうに動いているイメージ。感情の起伏が激しいほうではない。

・お母さんに構ってもらった記憶は?→あまりない。
・お母さんとの距離は近い?遠い?→遠い。ちょっと距離がある。

だから、子どもの私は「お母さんに愛されていないのかな?」と思った。

疑問を持ったままではいられないので、なぜそうなのか?の理由を探す。そしたらなんと、こんなところに行き着いた。

「お母さんに見てもらえない=私は可愛くない

「私が可愛くないから、お母さんは私のことを見てくれない」

これは衝撃的だった。

あやさん曰く「女の子にとって『可愛くない』は致命的」。うん、今言われても刺さるもの・・・

でも、これって本当なのだろうか?

今思えば、決して愛されていなかったわけではない。

愛されてはいたんだろうけれど、母は積極的に愛情表現するタイプではないのだ。

それに、2歳下の妹が特別可愛がられていたわけでもない。

ということは、「私が可愛くないんじゃなくて、母はただクールでドライな人なんだ」ということ。

子どもの私はこれに気づかなかっただけなのだ。

私には本当に魅力がないのか?

私の魅力って何なのか?みんなが挙げてくれた。

・突発的行動力(♯100blogs)
→決めて行動に移すのが早かった(実は1回しかできていないけれど・・・)
・受け入れてくれるので、一緒にいて心地がいい
・媚びや嘘がないから信用できる
→あやさん曰く「タイプ5は『引きの美学』」
・表現力(ブログのタイトル)
・自己開示力(気になるお店があるけど4年間行けていません)
→公開できない人もいるからすごい!

たくさん挙げてくれるのに、なんだかザワザワする感覚。そして、それを見抜いたあやさん。

「自己評価ができない、受け取れない」というのは、このビリーフの持つデメリットだそう。

ああ、これも心当たりがある・・・ずっとそうだった。褒められても素直に喜べないのだ。

だから、ビリーフを手放すためにも、「そんなことないです」と思いそうになる自分を抑え、受け取ろうとした。本当にありがたいことだから。

もしもビリーフがなかったら

このビリーフがなくなったら・・・もっと表現活動できるのだろう。

ブログとか、エレクトーンとか、ジャンルは違うけれど「表現」に関するものが好きなのだ。

全国区で有名になったりしなくていい。私の感性が好みだという人に受け入れられればそれでOK。

生きたいように生きるための一歩が、ちょっとだけ踏み出せただろうか。

また初日からやられた。よかった。

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末光 咲織

末光 咲織

東京在住20代会社員。100%自分主体で生きていない・・・と感じ始めて早数年。この違和感をどうにかしたくて、自分らしく生きるための在り方・やり方を学んでいる途中。2018年は大きく変わる一年にしたい。