私だって人を誘ってもいい?

やりたいことがあっても、つい理由をつけて先延ばしにしてしまう。

これを何とかできないか?と考えたときに、「誰かと一緒に〇〇する」というのが浮かんだ。

約束をしておけば、行かないという選択肢は消えるはず。

ただ、実行に移すには非常にハードルが高く・・・

7/14に人を誘って六本木ヒルズのeggcellentに行ったわけだが(記事はこちら)、ここまでの道のりは非常に長かった。

「人を誘う」というのは、人気者がすること

昔から「誰かを何かに誘う」というのをしてこなかった。

誘われたり、「〇〇しませんか?」と呼びかけられたら「行きます!」と言える。

しかし、自分から誘うことができない。

理由は「私が声をかけてもどうせ断られるだろう」と思っていたからだ。

根源には「私はつまらない人間だ」という決めつけがあると思う(もっと掘り下げたら別の理由に辿り着くのかもしれないけれど)。

子どもの頃は、「あの子って一緒にいても楽しくないよね」なんて平気で言う子がいた。

そういう子ってだいたいクラスの人気者(今思うと「スクールカースト」的なやつなのか?)。

私も「『明るく元気で社交的で、みんなの中心にいるタイプの子』が素晴らしいんだ」と本気で思っていた(今も、ちょっとだけ)。

でも、肝心の私自身は、そんな子たちの対極にいる存在だった。

・明るくない
・元気じゃない(健康ではあるけれど)
・かわいくない
・喋るのが得意じゃない
・流行りに乗るのが好きじゃない
・趣味が誰とも被らない(共感できる人がいない)
・どちらかというとインドア派
・存在が薄い

みんなを巻き込んでイエーイ!!ってするタイプではないのだ。

(子どもが思う)面白い要素なんて一つもない。

「あの子って一緒にいても楽しくないよね」って、どこかから聞こえてくるような気がしてしまう。

私はつまらない人間→一緒にいてもつまらない人間のところに人は集まらない→だから声をかけても絶対に断られる。そう信じていた。

声をかけて誰も来なかったらイヤだ。それならひとりで行けばいいや、と・・・

でも今回、勇気を出してFacebookに「誰か一緒に行きませんか?」と投稿したら、なんと「行きたい」と言ってくれる人が現れた。

これには驚き。同時にとっても嬉しかった。

当日も楽しい時間を過ごせたので、「募集してみてよかったな」「私も誰かを誘っていいのかな」と、ちょっとだけ思えたのだった。

まとめ

今回は来てくれた人がいたけれど、もし一人も集まらなかったとしても、それは大した問題ではないはずなのだ。

日程的に来られない人だっているだろうし、エッグベネディクトが好きじゃない人だっているだろうから。

私自身に価値がないわけではない。

子ども時代の「人気者」の概念なんて、今はもう関係ない。

でも、やっぱり人を誘うのは怖い。

信じてきた「歴」が長すぎて、相当こじらせているような気がしている。

ビリーフ発見、か・・・!?

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末光 咲織

末光 咲織

東京在住20代会社員。100%自分主体で生きていない・・・と感じ始めて早数年。この違和感をどうにかしたくて、自分らしく生きるための在り方・やり方を学んでいる途中。2018年は大きく変わる一年にしたい。