我々ではなく 世界がそうさせるのだろう

当たり前だったことが、突然ガラガラと音を立てて崩れていく。

今までも、思い返せばよくあったことだ。

「今月末で◯◯さんが辞めます」

「◯◯さんは別のチームに異動になりました」

仕事・プライベート問わず、こういうの、私にとってはすごくショックなのだ。

精神状態を例えるならば・・・原子の安定・不安定の話を思い出すな。

実はよく分かっていないけれど。

人の動きやチームでの存在について、感じたことが3つあるので、忘れないように残しておく。

どこの世界でも 同じことは起きている

私だって色々なグループ(チーム)に所属していたし、誰かが抜けるとか、メンバー入れ替えのようなこともあった。

もちろん私が抜けたこともある。

たまたま「目立つ」「取り上げられている」というだけで、実際には、世界中でこんなことは起きているのだ。

グループ単体で見たら、本当に小規模なチーム。

それでも、置かれている状況が、周りが、世界が、一気に動き出すから。

その結果、「一大事」になるのだろう。

どんなシーンも ひとりの人間の人生

置かれている立場・世界によっては、「みんなの気持ち考えて」って、周りは簡単に言ってしまう。

でも、それは見られているが故だ。

どうしてもやりたいことがあるなら、やっぱり迷惑をかけてしまうこともある。

多くの人を悲しませてしまうかもしれない。

だからといって、「みんなが望んでいるから」と、自分が本当にやりたいことをないものにしてしまうのは・・・私は望まない。

誰に対しても、だ。

昔はこんな風に思わなかったから、だいぶ考え方が変わったようだ。

当人の人生として考えると、きっと後悔してしまうはず。

他者への影響は避けられない。

愛され 惜しまれる存在になるということ

そうなのだ、究極はこれなのだ!

メディアの場合、多少作られている面もあるとは思う。

本人としては、我慢していることもあるかもしれない。

それでも、なんというか、最大限にOKな範囲で「ありのまま」をさらけ出して、それで愛されるのってすごくいいなあ、と思うのだ。

囚われから「解放」すると、見えるもの。

どんな世界なのだろうか。

私も、行きたい。

 

あーーー、辛いっ!!!笑

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末光 咲織

末光 咲織

東京在住20代会社員。100%自分主体で生きていない・・・と感じ始めて早数年。この違和感をどうにかしたくて、自分らしく生きるための在り方・やり方を学んでいる途中。2018年は大きく変わる一年にしたい。