自分の中での「腑に落ち感」の重要性

楽しみにしていた映画を観てきたのだが、終わったあとのザワザワする感じが半端ない。

感情が完全なる迷子に。

つまらなかったわけではないのだけれど。

そりゃ面白いに越したことはない。

見る前から「こうなってほしいな」というのはあって、あわよくば期待通りの結果が欲しい。

あくまでも、ただの一個人の期待であるから、たとえ予想外の結果になったとしても、それはそれでいいんだけれど。

ただひとつだけ、自分の中で「腑に落ちる」という感覚が欲しいんだな、というのが分かった。

今回はそれが感じられなかっただけなのだ。

何か作品を見ることで、自分の求めているものが分かるのかもしれない。

「面白い」「面白くない」だけで判断するのはちょっと勿体ないなあ・・・

私は、さほど重要ではないと思う。

好みではない作品に出会ったとき、本気で「金の無駄」と思っていた時期もあるけれど、そこが問題ではないのだろう。

芸術を鑑賞する意味は、人間の作りだすものの可能性と、自分の求めるもの、生き方における「軸」のようなものを明らかにするため・・・?

人それぞれ好みだってあるし、絶対的なものってそうそうない。

「いろいろあっていいのか」と思えると、私もいろいろやっていいのかなあ・・・と思う。

そして、ちょっとだけ前に進む勇気が出るのだ。

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末光 咲織

末光 咲織

東京在住20代会社員。100%自分主体で生きていない・・・と感じ始めて早数年。この違和感をどうにかしたくて、自分らしく生きるための在り方・やり方を学んでいる途中。2018年は大きく変わる一年にしたい。