「当たり前」についての認識の違い

ひとりでラーメン屋さんに入った話をしたら、「え、行ったことなかったの!?」と、とても驚かれた。

それも、ひとりではなく数人に。逆に私が驚いたのだが・・・

「ひとりラーメン」が当たり前な人がいるのは知っているが、周りのほとんどがそうだとは思わなかったから。

ラーメン屋以外にも、こうして「ちょっとだけ世間とズレているのかもしれない」と感じることは多い。

みんなにとって当たり前のことを、私はやったことがなかったり、まったく知らなかったりする。その理由として、思い当たるものが2つある。

触れてこなかった

昔から「これだ!」と決めたものを全力で頑張ろうとする。仕事でも習い事でも。それはいいのだが、自分が集中しているもの以外は、考えるのも「時間の無駄」だと思って、視界に入れないようにしてきた。

「そんなことをしている場合じゃない」と、世界を広げずに生きてきたのだった。

自分の中で禁止令が出ているorマイナスイメージがある

私の中の「禁止令」というのは、「大人にになるまで(一定の年齢になるまで)〇〇してはいけない」「私のような人間は〇〇してはいけない」というもの。

ほかにも「〇〇するのはどうしようもない人間だ」「ふつうは〇〇なんてしない」など。こうした固定観念に囚われて生きているのだ。

人と違うと不安になったりする。しかし、人と違うのはいけないことなのだろうか。その気がないなら無理にやらなくてもいい。

常識的な部分で周りに合わせなければならないこともあるが、それ以外なら、世間のいう「普通」とかけ離れていても大丈夫。そう考えたほうが、生きるのも楽になりそうだ。

それでも、大人になってから「初めて」はワクワクする。やりたいことはやってみよう。望まないならやらなくてもいいか。

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末光 咲織

末光 咲織

東京都在住の会社員。文章を書くこと、音楽、演劇、ラジオが好き。周囲から否定される数々の経験が元となり、成長するにつれて感情を思うように表に出せなくなる。自分の人生なのに、自然と「裏方」になろうとしていたことに気づき、2016年の冬、生き方を変えようと決意する。本当はもっと表に出て、自分の思いを表現することで生きていきたい。将来的には、会社員+個人事業主として活動したい・・・と思っている。
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