できなくても生きられる<人生を豊かにする、と考えたい。

目の前のことを、何のためにやるのか。

何においても、こうやって考えるのは大事だと思う。

しかし、これが「やらない理由」にもなってしまうのが怖い。

 

人生においての優先度が低いものを切り捨てる理由。

「これができなくても生きられる」と考えるから。

自分にとって、非常に都合のいい解釈の仕方である。

 

小学校低学年の頃に水泳を習っていたが、私のほうからやめさせてほしいと頼んだ。

やめた理由は、泳げなくても生きられると思ったから。

(いちばんの理由は「水着を着たくないから」なのだが、

泳げる・泳げない問題がいちばん分かりやすいと思ったので、

これで書いてみる・・・)

学校の授業では、泳げない子だけで練習させてくれたし、

泳ぎたくないなら海に行かなければいい、というだけの話。

 

それでも、もし私が泳げたなら?

「趣味はマリンスポーツです」なんて言っていたかもしれない。

「魚と一緒に泳ぐのが好きです」なんて、本気で言っていたかもしれない。

 

生きていく上で必要ないからやらない。

これ、

人生を豊かにする「何か」を、自分から手放しているということなのかもしれない。

 

水泳に関しては、これからもできないままでいいと思っているが、

それ以外のことで、「何のために?」を考えるときは、

気をつけなければならないポイントなのだろう。

 

これも考え方次第なんだろうが、人生には「なくても平気なもの」が多いと思う。

歌いたくないなら歌わなければいい。

楽器が弾けなくても死ぬわけではない。

 

そりゃそうなんだけど、そうじゃなくて、

これがある(できる)ことで、人生はどれだけ豊かになるのか?

 

そんな考え方が必要だな、と思い始めたところ。

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末光 咲織

末光 咲織

東京都在住の会社員。文章を書くこと、音楽、演劇、ラジオが好き。周囲から否定される数々の経験が元となり、成長するにつれて感情を思うように表に出せなくなる。自分の人生なのに、自然と「裏方」になろうとしていたことに気づき、2016年の冬、生き方を変えようと決意する。本当はもっと表に出て、自分の思いを表現することで生きていきたい。将来的には、会社員+個人事業主として活動したい・・・と思っている。
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